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「実はキャンセルになったので、お電話したんですけど、まだ大丈夫ですか?」
「はい、是非。」

 これは、チケットなどの話ではなく、我が家のかわいい猫の話です。

キャンセルになった猫


図1.我が家の猫たち。
右が「キャンセルになった猫」。左が弟。(▲クリックで拡大)

 郵便局でみかけた「子猫を譲ります」のチラシ。そこには、とてもかわいらしいスコティッシュ・フォールドの子猫の写真と連絡先の電話番号がありました。その時には、猫を飼う予定はなかったのですが、あまりにもかわいいので、まずは連絡してみてダメなら縁がなかったと思って諦めるつもりで電話をかけてみました。すると、「もう、引き取って下さる方が決まったのです。ごめんなさい」とのことでした。ああ、やっぱり縁がなかったんだなと思っていたのですが、1週間くらい経ってから「キャンセルになりました」とのお電話をいただいたのです。
 それで、子どもたちと一緒に猫を見に行ったら、子どもたちはみんな気に入ってしまい、結局譲っていただくことになりました。でも、家に引き取ってすぐに「これでキャンセルになったのかな」と思い当たることが多い猫であることが分かりました。
 まず、何より、人になつきません。警戒心が強く、可愛がりたくて、だっこをしようと近づくとすぐに逃げて行きます。なでてあげても、何だかなでられていることに耐えているような感じです。ヒザの上で丸くなってゴロゴロ言ったり、ふとんのなかに入って一緒に寝たりしてくれるような猫を想像していたので、まったくの期待外れでした。しかも時には、私に向かって、「シャー」と声を上げて、威嚇さえしてくるような猫でした。
 なるほど、これでキャンセルになったのだな、と思いました(実際のキャンセルの理由は知りませんが)。でも、私はたまたまクロニンジャー先生のパーソナリティ理論を知っていたので、先生の理論にあてはめて、この猫のことを分析してみることにしました。

猫とクロニンジャー理論

 クロニンジャー理論は、人間を対象とした理論ですが、もともとネズミの行動パターンの研究から構築されたので、猫や犬にも応用可能です。私がいただいた「キャンセルになった猫」は、一般的には、全然なつかなくて、可愛くない猫、ということになるのかもしれませんが、クロニンジャー理論で考えてみると、なるほど、と納得できるのです。まず、アクセルもブレーキもかかりやすく、人になつかないので、「新奇性探究」と「損害回避」が高く、「報酬依存」が低いパターン、つまりは、激情家タイプ、ということになります。このタイプは、ストレスを感じやすく、時には攻撃的になったりする特徴があります。おそらくは、住み慣れた家で親と一緒にいて、飼い主さんにも優しく大事にされていた環境から、まったく違う環境に移ってきて、特に最初の頃は、ストレスいっぱいだったのだろうと思われます。そのため、攻撃的になったり、不安を感じて逃げ回ったりする行動が、より顕著になっていたのだと思われます。あまりなつかないというのは、もともとの特徴で、最初は一生なついてくれないかもしれないと覚悟しました。それでも、縁あって我が家に来てくれた猫なので、一生大事にしようと思っていました。
 ところが、猫でも成長し、変わっていくのです。しかも、人間以上に成長が早いので、その変化もすぐ現われてきました。まずは、我が家にいることに慣れ、うちの家族をみて逃げ回るということは割とすぐになくなりました。不安を感じる必要もないと分かってくれたのか、攻撃的になることもそのうちなくなりました。ここまでで、1か月くらいかかったと思います。でも、かなり長い間、いわゆる「なつく」という感じにはならなくて、名前を呼んでも無視するし、自分から近寄ってきて甘えたりすることもありませんでした。「まあ、この子はこういう子なんだから」と思うことにしていましたが、半年くらいしてから、徐々になついてくるようになり、たまには甘えてくるようになりました。特に朝はなぜか彼にとっての甘えたい時間らしく、毎朝5時頃に甘えた声を出して起こしてくるようになりました。このあまりに朝早く起こされるのは嫌でもありましたが、同時にやっと慣れてくれた、やっとなついてくれた、と嬉しくもありました。ただ、我が家は夫婦共働きで、平日の昼間は、彼が家でひとりぼっちになってしまうため、子どもたちが学校から帰ってくると、玄関まで迎えに出てきて、甘えるようにまでなりました。家族になついてくれたのは嬉しいのですが、昼間ひとりぼっちにさせておくのが可哀そうになり、10カ月ぐらいしてから、この子をいただいたお宅から、この子の弟をいただきました(弟の気質パターンは兄とはまったく違い、最初から人になつきやすい子でした)。弟が我が家にやってきた翌日から、それまで毎朝早く起こされていたのが、ぴたっとなくなり、兄弟で仲良く暮らしています。
 さて、ここで私が言いたいのは、うちの猫はかわいいということではなく、特定の気質パターンを持っていても変わりうる、ということです。兄の方の猫は、いまだにブレーキがかかりやすい傾向は強く、不安を感じやすいようで、ちょっとした物音で、いちいち「びくっ」と驚いています。ただ、もう1歳を超え、人間で言えば成人しているので、アクセルが強くかかりやすかったのが、だんだんと大人しくなってきています。そのお陰で、あんなに攻撃的だったのに、今では、攻撃的な行動はほとんどみられません。

パーソナリティと加齢

 実は、気質は加齢とともに変化していきます。特に顕著なのは、「新奇性探究」です。これは、生物が周りの環境に適応するために身につけた、新しい経験をすることを促す特徴とも言えるのですが、同時に、加齢とともに、その重要性が少なくなっていきます。つまり、歳をとればとるだけ、新しい経験は必要なくなり、今まで経験したことで十分ということになりやすいからです。現在のように、目まぐるしく状況が変わっていく世界では、いくら歳をとっても、新しいことを吸収して柔軟に対処しなければならないのかもしれませんが、やはり、歳をとればとるほど、それは難しくなってしまうわけです。
 また、加齢がパーソナリティ障碍の症状を緩和することが知られています。クロニンジャー理論でいえば、「新奇性探究」が高い四つのパーソナリティ障碍;演技性、反社会性、自己愛性、境界性のそれぞれのパーソナリティ障碍は、「新奇性探究」傾向が低くなることによって、症状が穏やかになっていくことが考えられます。実際、研究が多い境界性パーソナリティ障碍では、40歳以降になると症状が穏やかになり、衝動的なところや攻撃的なところが軽減されるということが報告されています。

犬とクロニンジャー理論

 我が家では犬を飼っていませんが、猫と同様に、犬の個性もクロニンジャー理論で考えてみることは可能だと考えています。直接は、クロニンジャー理論とは関係しないのですが、DRD4とヒトの気質の関連性が研究されはじめた後、DRD4の遺伝子多型を持つ犬についても、DRD4と犬の気質の関係を調べたり、さらには、セロトニン関連遺伝子と犬の気質との関係を調べたりする研究が進められています。そしてさらに、これらの研究を推し進め、もっと積極的に遺伝子情報を利用しようという試みが始まっています。
 北海道の帯広畜産大学の鈴木教授のグループは、盲導犬に適する犬を子犬のうちに選別し、盲導犬のより効果的な育成のために遺伝子情報を用いる研究を進めていらっしゃいます。当初は、DRD4関連遺伝子から始まったようですが、現在では、ドーパミン、セロトニン、ノルエピネフリンだけではなく、それらと関連する酵素と、関連する遺伝子多型等も併せて幅広く研究を進め、盲導犬に適している犬を選別するための複数の遺伝子多型が発見されています。盲導犬は、訓練しても、その6割から7割は、結局、盲導犬になれないとも言われており、もし、訓練する前から子犬の気質を観察して、適している犬だけを選別して訓練できれば、はるかに効率的に育成できると思います。さらに、この背景には、盲導犬を必要としている人が日本には大勢いらっしゃるにも関わらず、まだまだ盲導犬が全然足りないという状況もあります。ですから、鈴木先生が進めていらっしゃるご研究が更なる発展を遂げ、日本の盲導犬育成に役立つことを願ってやみません。私自身は、「クイール」という盲導犬の映画を観た後、将来、盲導犬になるかもしれない子犬の世話をしてみたいと思うようになりました。


図2.盲導犬に多いラブラドール・レトリバー
(from WikiPedia)(▲クリックで拡大)

 盲導犬に向いていると考えられる気質のパターンは、クロニンジャー理論でいえば、「新奇性探究」が低い、「損害回避」も低い、そして、「報酬依存」が高い、という気質のパターンだと考えられます。これは人間で言えば、生真面目なタイプです。体格的にある程度の大きさと力がなければ盲導犬にはなれないのですが、それだけでなく、盲導犬には厳しい行動コントロールが必要で、ちょっと気になることがあったら、それに向かって走っていったり、そちらに注意を向けていたりしたら、盲導犬として、主人を守ることはできないでしょう。盲導犬に向いていると考えられるラブラドール・レトリバーにも、かなり活発な犬もいるようですが、特に、生真面目タイプの気質パターンを持つ犬が向いていると考えられるのです。

クロニンジャー理論の危険性

 盲導犬と遺伝子の話は、私も陰ながら応援していますし、多くの人に支持されると思われます。しかし、これを人間にあてはめて考えるとどうなるでしょうか?
 例えば、医師には生真面目なタイプのみがなれるとか、パイロットには楽天的な人はなれないとか、こういった気質による職業の選別は、ある程度は認められるかと思われます。しかし、これを遺伝子レベルで考えるとなると、倫理的な問題が出てくるのです。また、以前にも紹介したバソプレッシンや白血球などの遺伝子多型で、特定の遺伝子を持つ人は、そもそも結婚できないとなったら、それはそれで恐ろしい社会ではないかと思われます。
 さらには、子どもを産む、産まないという選択をする、あるいは、親が望むような子どもをデザインする「デザイナー・ベイビー」ということまで考えられます。たとえば、自分たちの複数の受精卵を用意しておいて、これらの受精卵の遺伝子検査をして、自分たちの望ましい特徴を持っている子どもだけを母親の子宮に戻すということは、科学的には不可能ではありません。幾分SFチックな話ですが、「ダカタ」という映画では、近未来の社会の出来事として、子どもを産む際には事前に子どもの遺伝子検査をして、親が欲しい子どもを選ぶのが一般的になっている社会が描かれています。IQが高いとか運動能力に優れている人が普通になっている社会で、遺伝子検査を経ていない「自然に」生まれた子どもが宇宙飛行士になるまでの物語です。
 こういった話を聞いても、それは将来の話だと思われるかもしれませんが、実はすでに現実にあります。たとえば、高齢出産のときに遺伝子検査を勧められる場合がありますが、それは、高齢出産だとダウン症の子どもが生まれる確率が高くなるからで、ダウン症の子どもは望ましくないかもしれないという考え方からなされているものです。そして、場合によっては、ダウン症だと分かった場合に、その子を産まないという選択も実際になされている場合もあるわけです。さらに現在は、遺伝子情報がかなり分かるようになっていて、事前に遺伝子検査をすれば、「ガンになりやすい」、「太りやすい」、「はげやすい」などの特徴を持った子どもを産まないということも、科学的には可能になっているのです。
 さて、クロニンジャー理論では、気質と遺伝子の関係を想定して、実際に研究も進展していて、一部は実証されはじめています。気質が遺伝子と関連するから、それだけでクロニンジャー理論は危険であるという主張も聞いたことがありますが、これは大きな誤解に基づくことです。確かに気質は遺伝子の影響を受けますが、決定されるわけでもなく、固定されるわけでもありません。他の要因の影響も受けますし、変わりうるのです。もう一度繰り返しますが、我が家の猫のように、変わりうるのです。
 そして、クロニンジャー博士は、「気質のパターンは、どれも一長一短だ」と言っています。例えば、ストレスを感じやすい気質パターンもあり、逆に感じにくい気質のパターンもあります。普通に考えると、ストレスを感じにくい気質の方が、生活がしやすくて、気楽ではないかと思われるかもしれませんが、ストレスを感じないということは、別の観点からみると、「性格」を成長させる機会が少ないとも言えるのです。決して、どの気質パターンだから優れているとか、劣っているということはないのです。


クロニンジャーのパーソナリティ理論は今回で終了です。
ご愛読ありがとうございました。(広報グループ)


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